
黒田 久一
惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。
2011.08.15
今日は、66回目の終戦記念日です。
夕方、工場の窓から夕陽が見えていて、あまりにも綺麗だったので、一枚撮りました。
弊社グループでは、年中無休の体制の事業が大半であり、お盆真っ只中でも出勤してくれている多くの従業員には、夕陽を見ながら「有難いな」と感じました。
仕事が終わり、自宅で、夕食を食べていたら、
NHKで、
「渡辺謙アメリカを行く 9.11テロに立ち向かった日系人」
と言う番組をがありました。
非常に“いい番組”でした。
9.11の時、私は、中国に出張中で、最終日に上海で、荷物を整理していた時だったので、あの日は、鮮明に覚えています。
番組の内容は、世界中を震撼させた、あの事件の時のアメリカの運輸長官だったノーマン・ミネタと言う日系人の話でした。
あの事件直後、アメリカの入出国は、当然ですが、厳格になりました。
そして、アメリカ世論は、「人種プロファイリング」つまり、人種に応じて、入出国管理のあり方を変えると言う動きに世論が傾きかけました。
でも、その時の運輸大臣だったミスター・ミネタは、頑として、「人種的区別での検査は、正しくない」と認めませんでした。
その背景には、あの戦争の時に、日系人が強制収容所での不当な扱いを受けた経験から、人種、肌の色、宗教、衣服などで、「区別」は絶対にしない、と言う強い意思を貫いた日系人のドキュメンタリーでした。
ミスター・ミネタは、残される歴代の運輸長官の肖像画には、ハートマウンテン強制収容所をバックにした肖像画になっていました。
その肖像画が、アメリカの運輸省に掲げられています。
アメリカには、厳然と、今も、人種差別は残っています。
矛盾も多くあります。
でも、僕は、アメリカは、やはり「自由大国」であると思います。
黒人大統領が実現し、日系人議員が長官となり、自己主張のできる国です。
ミスター・ミネタのような日系人がいる事に、日本人として、誇りを持ちます。
それにしても、渡辺謙は、かっこ良すぎです。
僕と同じ昭和34年生まれなのに、あまりにも、かっこ良すぎる中年で、あまりにも違い過ぎます(笑)。
憧れます(笑)
黒田久一
2011.08.11
昨日に引き続き、昨日も三男坊を連れて、「なら燈花会(とうかえ)」に行って参りました。
http://www.toukae.jp/
今年で13年目です。
奈良の夏の風物詩として、定着して来ました。
奈良には、それだけのコンテンツがあると私は思います。
14(日)までです。
良かったら、是非、奈良へお越し下さい。
黒田久一
2011.08.11
昨日から今日にかけて、北の国(札幌)の友人(同業の青果仲卸)のY氏と水産荷受会社の専務さんが、来奈されてました。
こちらの荷受さんは、年商700億円規模で、道内では最大手の水産会社との事。
昨日は、弊社のHMR工場をじっくりご案内し、夕方、奈良ホテルで、会食後、燈火会(とうかえ)にも、お連れしました。
Y氏のブログ
http://yacchaba.blogspot.com/2011/08/blog-post_11.html
彼は、弊社の工場に来るのは、3回目です。
ちなみに、彼は、小樽商科大学のMBA取得者です。
北の国からの来客と共に、いろんな話をたっぷりしました。
Y氏は、来る度に、薬師寺を訪問します。
「不東」(ふとう)に、はまっていて、今日も、帰札される前に、薬師寺へ参りました。
とにかく今日は、暑かった。
そして、彼は、決まって「不東」のお守りを買って帰ります。
今回も20個も買ってた(笑)。
http://blogs.yahoo.co.jp/mochy2156/43195499.html
私も思わず、三男坊や社員の用にと、4つ買いました。
玄獎三蔵は、故郷の中国から天竺(インド)に向き、決して「東へ」後戻りしないと決意しました。
つまり、退路を断つ覚悟で天竺を目指しました。
「不屈の精神」を象徴する言葉です。
真ん中の写真は、平山郁夫画伯の「大唐西域壁画」です。
弊社グループは、「惣菜のわかる八百屋」を目指して、20年余りが経ちました。
まだまだ本物でなく、まだまだ磨き足らず、まだまだ極めていません。
これからも幾多の困難がありましょうが、「不東」の精神で、立ち向かって行きたいと思います。
薬師寺にて
黒田久一