
黒田 久一
惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。
2014.04.18
「蛻変」と書き、「ぜいへん」と読むらしいです。
蝉が、さなぎから蝉になるように「経営」もそうあらねばならないと言う考えらしいです。
http://www.keikakuhiroba.net/column/mmplan/navigator/post_39.html
http://www.shoninsha.co.jp/modules/blog/2014/02/03/26498
企業は、常に、変化し続けねばならないと思います。
弊社も「変化対応」し続けます。
黒田久一
2014.04.18
おはようございます。
日本でもお馴染みのチューロスです。
スペインでは、写真のようにドロッとした、チョコレートと牛乳を混ぜたようなものに付けて食べます。
churros con chocolate
(チューロス・コン・チョコラーテ)と言います。
conは英語のwithですね。
そしてチューロスのロスは、rrとrが重なるので、ルゥゥゥと振るわせながら発音して見てください(笑)。
スペイン語らしくなります。
黒田久一
2014.04.17
今から、30年以上も前の大学時代にバックパッカーをしてましたが、最近、めっきり減りました。
何故でしょう?
昔は、インターネットも携帯電話もiPadもない。
だから海外は、未知の世界でした。
だから、若者たちは、その未知の世界に夢を見て、飛び出したのか…。
今では、指先で、チョンチョンとやれば、全世界の情報が瞬時に入ります。
残念ですね。
もっと自分の足で歩いて欲しいですね。
昔、バックパッカー時代は、当然、金が無いから、ケチケチ旅行でした。
ユースホステルやYMCA、そして、民泊もしました。
夜行列車にも乗り、駅で寝袋でもよく寝ました。
安宿は、イギリスならB&B、つまり、ベッド&ブレックファーストに泊まり、ポーランドの時は、団地の一室で、完璧に家族が生活してました(笑)。
英語が通じず、ロシア語もポーランド語もわからず、身振り手振りでコミュニケーションを(笑)。
さて、スペインの安宿なら、オスタルでした。
ちなみにスペイン語は、例外なく全てHを発音しません。
ホテルは「オテル」、病院は「オスピタル」であり、おもてなしは「オスピタリダー」です。
オスタルは、たいてい、雑居ビルにありました。
一階が、バルになってたりします。
バスタブなど、当時は、ほとんどなく、シャワー(ドゥーチャ)だけでした。
トイレも共同であったりします。
バルセロナのサンツ駅で久々にバックパッカーの親子らしい3人組を発見。
思わず、嬉しくなりました。
僕も髪の毛がフサフサの二十歳の頃(笑)、リュックに寝袋のバックパッカーでした。
一番下の写真は、パエリャ鍋です。
パエリャという単語は、スペイン語では、通じますが、どちらかと言えば濁ります。
パェジャと発音します。
この一番大きな鍋で、200人前と書かれてました。
黒田久一