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恩師を訪ねて

2009.10.16

今日は、岡山県のT社様に家内と共に、久しぶりに、近況報告方々、ご挨拶に参りました。

私は、平成元年の4月1日より、奈良県中央卸売市場の関連卸内の「天ぷらとフライのお店」の店長として赴任しました。

そこは、本当に小さなお店でした。

それまでは、青果仲卸である㈱奈良三晃の洋野菜の一担当者として、セリに立ち、市場を走り回って(笑)、おりました。

そして突然の異動。

戸惑いながらも深夜から出勤し、天ぷらとコロッケなど、ひたすら揚げて揚げて、揚げまくって(笑)、早朝の5時~9時までの4時間の前売りに備えて、油と格闘してました。

当時の市場は活気に満ち溢れていました。

たくさんの「買出人」のお客様が、遠い吉野の奥からも、毎日のように、天ぷらやコロッケを買いに来て下さいました。

その前売りが終われば、翌日の「天ぷら材料」を仕込むと言う毎日でした。

その「天ぷら材料」が、現在のHMR事業部に発展しました。

そして数年経ち、「揚げ物」だけのビジネスに限界を感じ、本格的に惣菜ビジネスに取り組もうと考えました。

当時、弊社に「生コロッケ」を卸して頂いていた小さなコロッケメーカーの営業部長に相談すると、岡山県に繁盛している弁当&惣菜の企業があると聞き、たまたま、そのコロッケメーカーがお取引があると知り、私は、その会社の営業部長に頼み込んで、同行営業させて頂きました。

そこの会社の営業用ジャンバーまでお借りして変装して(笑)、岡山に向かいました。

コンビニ機能に現場調理のできたてのお弁当やお惣菜が、山のように積み上げてあり、そして店内飲食スペースまで合体した業態でした。

当時、業界では「デリカコンビニエンス」と言う業態名で呼ばれていました。

そのあまりにも繁盛ぶりを目の当たりにし、私は衝撃と共に、心から感動し、結局、自分の素性を明かし、修行させて頂く事にしました。

快く修行を受けて頂きました。

結局、平成4年8月6日~12月31日のお節の製造まで、教えて頂き、約5ヵ月間の修行を経験させて頂きました。

その修行には、家内と当時、子供が2人でしたが、3歳と1歳の長男と次男を連れて、家族総出で、行きました。

家内と私は、昼間勤務と深夜勤務に別れて、子供たちの面倒を見ながらの修行でした。

その子供たちは、今や、大学生となりました。

その修行を終えた、翌年の平成5年10月31日に「はないちばん」1号店を、奈良県中央卸売市場のすぐそばに、オープンしました。

開店して間もなくの頃は、中々、売れなかったお店でしたが、半年くらい経ってから、そのお店は、大変な繁盛店になりました。

その後も、修行先のT社様の社長は、私の良き相談相手として、弟のように、接して頂き、本当に有難いと思います。

今日も近況報告や、私のつまらない悩みにも耳を傾けて下さいました。

これからも修行時代の「原点」を忘れず、頑張りたいと思います。

感謝

PS.
写真は、修行時代にお借りしていたハイツです。
懐かしく再訪問させて頂きました。
黒田久一

黒田 久一

黒田 久一

惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。