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台湾にて(3) 思い出の謝( シャ)君

2010.06.23

『留学生が海外で働くと言う事』

今から20年ちょっと前の話です。

弊社グループ、株式会社三晃は、元々は、奈良県中央卸売市場の関連棟にて、天ぷらとフライの製造卸のお店が原点です。

平成元年4月1日付けで、私は、こちらの店長になりました。

私自身が、深夜0時に出勤して、天ぷらを揚げていました。

平成になったすぐの頃は、労働市場が逼迫していて、深夜のパートさんやアルバイトが、中々、集まらず、大変、苦労しました。

ましてやこっちは、夜中の勤務、油コテコテの職場でした。

たまたま募集に引っ掛かった(笑)学生で、謝(シャ)君と言う台湾人の学生がいました。

天理大学の学生でした。

今日、ふと、謝君の事を思い出しました。

深夜作業でもあり、高い時給を払ってるのに、彼は、しょっちゅう、居眠りしながら仕事しました。

作業としては、大きなミキシングボールに水を張って、天ぷら粉(一袋25キロ)を入れて、かき混ぜる仕事や揚がった天ぷらを段ボール箱に詰める仕事でした。

昼間は学校なのは分かってましたが、あまりにも居眠りするので、私は、しょっちゅう怒鳴っていました(笑)。

でも、どことなく憎めない奴でした。

その謝君と同じくらいの年齢の子供を持つようになった今、じっくり考えたら、すごいなと思います。

あの当時のわが社の労働環境は、劣悪極まりなく、油コテコテの職場に、ちゃんと履歴書を持って、面接に来た訳ですから。

それも、たどたどしい日本語で。

二十歳やそこらで、見ず知らずの海外に行って、ゴキブリが這い回るような職場(本当にそんな職場でした)でした。

私の大学生の長男や次男が、果たして、海外で、飛び込みで働けるか?

難しいですね。

日本人は、やはり、ひ弱になりつつあります。

40歳を越えた謝君は、この台湾で逞しく生き抜き、もしかしたら、大物になっているかもしれません。

写真は、台湾駅です。

巨大な駅は、どことなく、引き込まれますね。

黒田久一

黒田 久一

黒田 久一

惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。