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あれから10 年

2011.09.11

911テロから丸10年経ちます。

あの事件の時、私は、上海にいました。

それまでも何回か、中国には行った事がありましたが、いわゆる業界団体の視察ばかりで、商売にかかわるような出張では、行った事がありませんでした。

そして、ちょうど10年前、私は、知人の漬物製造業の社長に伴い、中国に、ご一緒させて頂きました。

その方は、中国と北朝鮮との国境の町である遼寧省の丹東(タントン)で、現地法人を立ち上げる準備をされていました。

あの頃の食品業界は、中小企業であっても、こぞって、中国進出を模索していた時代でした。

私たちは、先ず、瀋陽(シンヨウ)に入りました。

そして、瀋陽から丹東に入りました。

丹東は、鴨緑江(オウリョクコウ)を挟んで、北朝鮮の町並みが、肉眼で見える町です。

私は、自分の目で、北朝鮮を見て、何とも言えない気持ちになりました。

そして、丹東で、日本の中小企業が進出するに当たり、いろいろと立ち会わせて頂き、大変、勉強になりました。

そして、大連経由で、黒龍江省のハルピンに向かいました。

ハルピンの山菜の商談にも同席させて頂き、再び、大連に戻り、そこで、その社長と別れました。

そこからは、私は、一人で行動しました。

中国語は、全く分かりませんので、本当に緊張しながらの移動でした。

先ず、上海経由で、江蘇省の蓮根産地に行きました。

当時、既に、弊社では、天ぷら用の水煮蓮根のお取引がありましたので、初めて自分の目で、産地や加工場を訪問しました。

広大な蓮根畑を初めて見て、感動しました。

そして、現地農民の方々が、蓮根原料を小舟を使って、搬出し、そして、天秤棒を担ぎながら、工場まで、運びます。

工場では、泥まみれになりながらの皮向き作業なども初めて見ました。

それから、再び、上海に戻り、安徽(アンキ)省の合肥(ゴウヒ)に向かいました。

安徽省は、昔から馴染みのある大学芋のかなりの原料は、安徽省産でした。

パーム油で、油調し、冷凍で輸入されていました。

飴付けは、国内でされていました。

その安徽省に初めて訪問したのは「天ぷら用サツマイモスライス」の可能性を探るべく、合肥から、ガタガタの道を車で移動し、かなり奥地まで行きました。

私は、日本から、天ぷら粉を持参していましたので、現地工場の従業員用の食堂の厨房をお借りし、自分で天ぷらを揚げて、試食しました。

当時の安徽省は、省都である合肥でさえ、大変な田舎でした。

初めて仕事らしい事で、中国に行き、約2週間の出張を終え、最終地の上海に向かいました。

一種の充実感を覚えながら、上海に戻りました。

そして、ホテルで、帰り支度の為、スーツケースの荷物の整理をしていた時、あの911テロが起きました。

だから、私にとりまして「9月11日」は、忘れられない日になりました。

そして、帰国して、3日後に、弊社の主力お取引先でありましたマイカルさんが、破綻し、弊社も1500万円の売掛金が、飛びました。

今日が、ちょうど、あの激動の日の、まさに10年前になります。

この先10年で、どんな変化があるのでしょうか?

少しは、前進していたいですね。

黒田久一

黒田 久一

黒田 久一

惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。