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「50周年記念式典」でのご挨拶

2014.03.01

下記、昨日の「50周年記念式典」での私の拙い挨拶文(全文)です。

ご笑覧頂ければ幸いです。

また終了後の弊社会長と共に写真を取りました。

フルックスグループ代表の黒田久一でございます。

FRUXグループ創業50周年記念式典に、多数ご臨席賜り、心より感謝申し上げます。
本日は、公務ご多忙の中、大和郡山市、上田市長様もご臨席頂いております。
上田市長、誠に有難うございます。
また、北海道から沖縄まで、そして中国の山東省からも、ご遠方のところ、たくさんの方々に、ここ奈良の地に足をお運び頂き、重ねて御礼申し上げます。

弊社フルックスグループは、昭和39年(1964年)7月28日、三晃青果株式会社として設立し、同年11月25日午前4時30分、大阪市中央卸売市場東部市場の初セリを経て、果実仲卸業として、小さな第一歩を歩み始めました。

創業者は、黒田一郎、故・杉林昭二、故・堤中清、そして、黒田竹美の4名でございます。
たった4人でスタートしました会社も、50年を経た今、グループ4社、正社員数100名、フレンドさん約500名の規模の会社に成長させて頂きました。グループ連結売上高も100億円が視界に入って参りました。

これもひとえに創業以来お取引頂いて参りました数々のお取引先様、多大なるご支援頂いて参りました仕入先様、また全国各地の多くの皆さまのご声援のおかげでございます。

今、あらためて感謝の気持ちで一杯でございます。

三晃青果株式会社をスタートし、その後、東部市場だけでなく、昭和52年に奈良県中央卸売市場、翌年の昭和53年に大阪北部市場に入場し、関西の3市場で青果仲卸業として事業を展開して参りました。

平成に入り、卸売市場を中心とした青果物流通の減少に伴い、北部市場から撤退し、東部市場と奈良市場の2市場体制となりました。

そして、平成17年の秋に、私とグループ副代表である杉林が、ほぼ同時期に大病に見舞われました。

2(ツー)トップの同時入院という非常事態でございましたが、幸いにも、二人とも数か月後に、職場復帰する事ができ、全ての事業を「奈良県大和郡山市」に集結するという決断を致しました。
創業の地である大阪東部市場からの撤退を決断するには、やはり、大きな勇気が必要でございました。
私たちは、人生で初めて「覚悟を決めて」事に当たりました。

その後、新社屋、そして、HMR工場を新設致しました。

また、もう一人のグループ副代表である奥村を外部より迎え入れ、グループ内に6社ありました会社を再編、また組織改革にも取り組んで参りました。

そして、平成19年2月28日、まさしく、ちょうど丸7年前に、第一回「惣菜のわかる八百屋塾」をスタートさせて頂きました。

ここにおられます古田基先生にナビゲーターをお願いし、先月ちょうど記念すべき第50回目の八百屋塾を開催することができました。

平成に入った頃より、食の外部化の進展に伴い、弊社グループは、内食だけでなく、中食や外食に事業の中心をシフトして参りました。

青果物流通は、常に“心配”の上に成り立っております。

また、日本の農業にも担い手問題、異常気象への対応など、多くの課題を抱えております。

私たちは、自然の恵みに感謝し、常に謙虚に「お天道様」と向き合いながら、川上から、川中、そして、川下が一体となり、バリューチェーン(付加価値連鎖)構築を目指すことこそ、持続的に、日本の農業の発展に、貢献できるもの考えております。

弊社グループは、その“縁結び”の中間事業者として、常に、時代の変化に対応し、新たな価値創造に挑戦して参りたいと存じます。

来春には、新工場竣工も予定しております。

これで、工場投資は、4度目の挑戦となります。

フルックスグループは、50周年を機に、気持ちをあらたに、これからも、事業会社3社が、組織横断的に連携し、「one FRUX」の精神の下で、グループ全社員一丸となり、大きなロマンとビジョンを抱きながら、ここ奈良の地から、今後も邁進して参りたいと存じます。

本日ご臨席の皆様には、フルックスグループに対しまして、これからも変わらぬご支援、御鞭撻を心よりお願い申し上げます。

また、皆様の益々のご健勝とご多幸を祈念致しまして、私の挨拶とさせて頂きます。

本日は、誠に有難うございました。
黒田久一

黒田 久一

黒田 久一

惣菜のわかるオヤジのブログでは、フルックスグループ代表の黒田久一が、日々の出来事を発信いたします。